何にお金をかけるかは人の自由

  18, 2018 08:26
ちょっとだけ時事ネタで。
今回の主題は「考えれば、人のことを言えるほど上手なお金の使い方をしていない」です。

ネットニュースで「初音ミクと結婚式を挙げる」と宣言された方が話題になっています。二次元のキャラと色々行うこと自体はさして珍しいことではありません。それなのに、この結婚式だけが話題に挙がるのは、やはりメディアの意図性を感じます。面白いことを面白く取り扱う。あたかも「初音ミクを人として見ること」に誘導し、「二次元のキャラと結婚できるのか」という議論へ取り込もうとする。この手の議論は全く持って不毛であり、物事の本質を見えなくする。もし「無機物は人となりえるか」という回答が欲しいのであれば、感情的になるのではなく、しっかりと哲学を行えば、論理的な回答を得ることができます。

物事の本質は「『初音ミクと結婚式を挙げる』という巨額の費用を支払う」ということである。結婚式というインパクトを全面に出しているが、結局は「趣味に巨額の費用を支払う」ことを言っているのである。結婚式といえば、通常の感覚で言えば200万円から300万円の費用が発生します。そんな大金を趣味に充てることが正しいのか。いや正しくないはずだ。そのように一般的に感想を持つわけです。

しかし冷静に考えれば、そんなに特筆すべき事柄でも無かったりします。200万円から300万円を趣味に支払う人など、特別な人でなくても結構いるはずです。一番すぐに思いつくのはパチスロなどギャンブルに支払う人です。また多額な費用を支払って海外へ一人旅をするのも似ています。要するに「一人で趣味に楽しむこと」に、形は自由なのです。「初音ミクと結婚式を挙げる」という奇抜性だけに目を当てるのではなく、「趣味にお金をかける適正さの議論」へ視点を変えるべきなのです。「ギャンブルに200万円使ったこと」と内容は変わらないのです。

自分の趣味である「ドールに200万円つかったこと」として捉えた場合はどうか。私は単純にやりすぎだと思います。私の金銭感覚では「趣味は映画館の料金まで」にするべきだと考えます。1時間あたり1,000円以上支払うのは高額な趣味です。趣味は「満足さ度合」という軸だけで図るべきではありません。「満足さが続く時間」という軸も加えるべきなのです。たとえば200万円で20年間楽しめるなら、年間10万円の趣味への支払いであり、そんなに大きな額ではありません。問題は結婚式という1日のために200万円かけることです。これほどバカな話はありません。

しかしながら、私は多額の費用を支払い結婚式を挙げましたし、挙げたことに後悔はしていません。なぜなら、その後の人生が大きく変わる岐路だからです。200万円で結婚後の人生全てに影響するわけです。当然、こんな打算だけで結婚式を挙げるわけではありませんが、やはり「自分だけではない」という点は趣味と大きな違いでしょう。相手の人生を変えるわけですから。

ただし「初音ミクと結婚式を挙げる」というのは、相手の人生への影響を与えません(仮に公式が認めるなどすれば別でしょうが)。そういった意味では結局のところ「趣味の範囲」であり、趣味に200万円かけることのお話でしかないのです。

ドール趣味は高価な趣味です。しかし良識のあるオーナーであれば、多額の費用を支払うことを極力抑えるはずです。なぜならドールへの愛情はお金ではないのだから。何にお金をかけるのは人の自由です。しかし限度や節度を守るべきであり、社会生活に支障が出るような出費は避けるべきです。そして個人の趣味であり、自立した大人なのだから、そのお金の使い方に対しては、赤の他人である以上、「そんな人もいるのか」ぐらいで良いのです。赤の他人のギャンブル中毒者に「お金を使うな」と声をかける人はいないはずです。

とは言いながら、「低価格でドールを楽しむ」と掲げていても、累積ではそれなりの金額にはなっています。高額趣味であることを理解しながら、抑えているつもりではありますが、それを判断するのも、ブログを見ていただいた方次第でしょう。


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