低価格でドールを楽しむ理由

ちょっと書く時間が出来たので、駄文を少し。
今回の主題は「低価格でドールを楽しむ理由とは?」です。

私もかれこれ32歳となりました。丁度ドールを始めたのはこの頃だった気がします。そしてブログデビュー自体は二か月後となります。30歳から始めて早二年。早いのか遅いのか正直分かりませんが、現在まで続けてこれたことに関しては、我ながら信じられない部分ではあります。どうして信じられないかというと私自身がドール趣味に対して今や惰性でしかないからです。

確かに私自身ドールに対して本来的に興味があり、興味があったからこそアゾンで購入したことには間違いありません。フィギュアと違い、ドールを自分で作るという楽しさは難しくはあったものの新鮮でした。それは子供の頃にガンプラやレゴブロックを自分流にアレンジして遊んでいたことを思い出します。ドールを通じてブログという新しいことに挑戦し、さらに良い写真を撮影したいと考え、一眼レフを購入。インターネットから仕入れた知識と独学で撮影ブースを工夫し、そして現在に至るわけです。少しではありますが、ドール小物の即売会にも何回か参加させて頂きました。

しかし趣味というものは同じことをしていても長くは持ちません。確かにアニメやゲームという趣味は長く続いているとは思います。しかし好きなアニメやゲームがずっと同じわけではありません。コンテンツの違いにより継続することが出来るのです。内容に変化があるからこそ続けることが出来るわけです。

ただ、それ以上に重要なことがあります。いや、これは根源的なことだと思います。それは「自分自身の内側から湧き出る興味があるかどうか」です。年齢を重ねるにつれて、何かに夢中になることは少なくなってきました。人生で経験を重ねていくにつれて、「単純な驚き」ということは滅多にありません。毎日仕事で時間を費やす中、劇的に変化を求めることは出来ません。胸の高鳴りを感じることは最早敵わないのです。

何かを行うにしても、冒険をすることが出来ません。そこには経済的理由もあれば、私という自我が邪魔することも考えられます。20歳の頃は声優のライブに行って飛び跳ねていたものでした。カラオケで腹の底から叫んでいたものでした。「萌え」と「萎え」だけで会話が通じる友がいました。部屋は等身大ポップやフィギュア、抱き枕カバーにシーツとやりたい放題やっていました。欲しいものは無限にありました。それを楽しむ時間だってありました。ただしお金は無いので、この頃から「低価格でいかにオタクをやってやろうか」と考えていたのは間違いありません。

しかし社会に出ると状況は一変します。お金は確かに手に入れることは出来ました。しかし失ったものもあります。「時間」とそして「欲しいもの」です。時間と欲しいものは一見別のもののように思えますが、その実はかなり似ています。時間があるからこそ欲しいものがあり楽しむことが出来ます。仕事で時間の無いようになれば、欲しいものを手にいれても楽しむ時間はありません。楽しむ時間が無いわけですから、欲しいという感情も自然と消えていきます。

それが鬱状態なのか、今の私にとっても分かりません。きっと精神科にかかれば「鬱」と診断されても変ではないでしょう。ただし鬱だからと言って生きるのを辞めるわけにはいきません。そういうものだとして、自分が生きていけるのならば、『それ』と付き合うしかありません。『それ』とは鬱というものではありません。『それ』とは『漠然とした将来への不安』です。

人はどうしてお金を貯めるのか。どうして低価格でドールを楽しもうとしているのか。それは貯蓄が必要だと感じるからです。貯蓄が不要ならば、ブログのコンセプト一切が瓦解することでしょう。際限なくお金を費やせば良いです。お金を費やせば費やすほど、比例はしないにしろ、楽しさは増すはずです。しかし私の中にある『漠然とした将来への不安』がそれを許しません。安心をお金に求めるようになるのです。

では、どれぐらい貯蓄があれば安心なのか。それは誰にも分かりません。なぜなら人によれば少ない貯蓄でも不安を感じることは無い場合があります。それは自分の人生が充実している人です。自分の人生が充実しているからこそ、将来にかけて自分は仕事上問題なくお金を入手し続けることが出来ると確信しているからこそ、今にお金を使うことが出来るのです。しかし私のように『漠然とした将来への不安』がある人、今の仕事で自分がいつ首になるかも知れないと考えている人、明日さえも自分自身がどうなっているか分からない人は、結局不安だからこそ、不幸だと思い込むからこそ、貯蓄へ走るのです。

さて、そういった弱い人間が貯蓄に走るとどうなるか。不安をかき消すために、さらに貯蓄へ走るのです。いつまで経っても消えない不安は、いくら貯蓄したところで簡単に消えるわけではありません。500万あれば消えるのか、1,000万あれば消えるのか、5,000万、1億は必要なのか。しかしお金で自分自身への自信が買えるわけではありません。ただ「貯蓄しなければ」とした漠然とした不安だけが残り、本来幸福を与えてくれるはずのお金は単なる数字と化してしまうのです。

では、どのようにして状況を打破するべきなのか。お金を闇雲に使えば状況は打破できるのか。実際そういう単純なものではありません。お金を使えば使うほど、またそれは不安を掻き立てるだけです。そんな堂々巡りを螺旋から逃げることはどうすれば良いのか。

その答えこそ「低価格でドールを楽しむ」に繋がるわけです。お金を掛ければかけるほど貯蓄を切り崩すわけですが、不安が強くなってしまいます。だからと言って貯蓄ばかりに目を取られると、幸福を実感する機会が失われ、まあ不安が強くなる。

大切なのはバランス感です。自分がどこまでお金を掛けて良いのか。自分がどこまでお金を掛ければ、それに見合った幸福感を得ることが出来るのか。不幸にならずに幸福感を得られるラインとは。

それが「娯楽の適正価格は1時間千円」という、私がブログを始めた最初に書いた文章となります。私はこの二年間、多くのお金をドールに費やしてきました。人からすれば、それは「金をドブに捨てたこと」と同義でしょう。単なる子供遊びにしては多くの費用を使っているからです。

それでも単純に消費したわけではないと言えるのが「ブログ」のお陰です。曲りなりに自分の掛けた費用の痕跡を積み重ねて残すことが出来ました。そこには確かに費用分を楽しんだという実績が証拠として残ります。実績が証拠として残ることこそ、自分にとって「消費した不安の増大」を防ぐことが出来ます。

結局自分の貯蓄とうまく付き合うしかないのかも知れません。人によっては下手くそなお金の使い方なのかもしれません。1/3ドールが欲しいと感じているのに買わないのは、その分勿体ないのかも知れません。それでも私の染みついた「どケチ根性」がそうさせるのでしょう。

そんなこんなで、とりとめのない駄文を読んで頂いた方に対して感謝を述べながら、少しでも何かを感じて頂けると幸いです。


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Category: 艦隊これくしょん
Published on: Tue,  13 2017 19:04
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