ドール哲学【05】:そに子

哲学談話を始めるにあたり、最後に「判断」のお話しをする必要があります。
今回の主題は「まずは経験的判断か、直観的判断かを区別しよう」です。

「なぜ人はドールを愛するのか」という問いに対して、前回「好きなものに理由などないし、考える必要もない」という話をしました。実はこれも立派な判断です。むしろ、これから私が語ろうとしていく立場に近く、そして真理をついた回答であったりします。この手の判断を『直観的判断』と言います。これと逆の意味を持つのが『経験的判断』です。

まず、比較的分かりやすい方の『経験的判断』を説明します。哲学においては結果論主義、功利主義、経験論主義とか呼び方があります。ここでは一番分かりやすいと思われる『経験的判断』と呼びます。文字通り、経験によって物事を判断する立場です。この立場の人は「なぜ人はドールを愛するのか」という問いに関して、「遊んでいて楽しいから」とか「かわいい人形を見ていると癒されるから」という回答をします。ドールを愛することによって得ることのできる経験が自分にとって利益になるためドールを愛するのです。

次に、比較的分かりにくい方の『直観的判断』を説明します。哲学においては合理主義、目的論主義とか呼び方があります。ここでは一番分かりやすいと思われる『直観的判断』と呼びます。文字通り、直観によって物事を判断する立場です。この立場の人は「なぜ人はドールを愛するのか」という問いに関して「ドールが好きだから」と回答します。ドールを愛することにより得られる結果は関係なく、愛することそれ自体が目的であり、根拠となります。

あらゆる判断は大別すると、この二種に区別することができます。普段の生活では主に「経験的判断」を人々は行っています。物事に対しての判断基準は、その行為を行った結果、幸福が増大するように行動しています。しかし無意識では多くの「直観的判断」を行っています。趣味が多い人は良く分かるはずです。「好きなものは好きなのだから仕方ない」のである。物事それ自体が理由ということは、分かりにくいとは思いますが、存外に多いです。

「まずは経験的判断か、直観的判断かを区別しよう」という話でしたが、正直少し難しいので、それぞれの判断方法を、実際の事例を交えて、次回以降詳しく考えてみます。


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Category: すーぱーそに子
Published on: Tue,  10 2015 19:13
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